トップ 学生のページ 卒業研究(2006年度)

卒業研究(2006年度)の紹介

2006年度に情報科学科の研究室で行われた卒業研究のうち,興味深い結果が得られた以下の7件の研究について紹介します.

■ マセマティカル・インフォマティックス(情報数学)分野

■ ソフトウェア・ネットワークサイエンス分野

■ メディア・サイエンス,エンタテインメント・コンピューティング分野

オンライン・オフライン混合ジョブスケジューリング問題

茨木研究室 海老名健

図1
図1
クリックで拡大

 工場などの生産現場では処理しなければならない作業が複数あり、作業をすることのできる機械や人の数が限られています。効率よく商品を生産するためにはどのような順序で、どの機械を用いて作業を行うかを決めなければなりません。さらに12時までに作業2を行わなければならないとか、作業8に必要な部品が3時に到着するなど様々な条件も考慮する必要があります。このような問題は作業の数や機械の数が少ない場合には簡単に作業計画(スケジュール)を作成することが可能ですが、作業の数や機械の数が多くなると最も効率の良い作業計画を作成することは大変難しい問題となり、問題を解くためには多くの時間を必要となります。そこで最も良い解ではないが、ある程度それに近いものを高速に求めるということがよく行われています。

図2
図2
クリックで拡大

 現実には作業を行っていると、急に追加の注文が入り作業を追加しなければならない場合があり、そのような場合でも追加の注文にうまく対応してなるべく効率の良い作業計画を作成する必要があります。そこで卒業研究では、忙しい時間帯(追加の注文が入りやすい時間)が分かっている場合を想定し、あらかじめ分かっている作業(オフラインジョブ)、追加の注文(オンラインジョブ)の両方がある場合について効率の良い作業計画の作成方法を数種類提案しました。また計算実験によって、それらの方法がどれくらい良いかを比較検討しました。

信念改竄によるばれない嘘の生成

高橋研究室 奥野健一

奥野健一

 嘘はどうしてばれてしまうのでしょうか.その原因は,嘘をつく状況によって様々ですが,一般には,嘘をつく本人の身体反応や態度(目が泳ぐ,汗をかく,等)か,嘘をつく相手の信じている事と嘘との間に生じる矛盾か,にあると考えられます.前者については「平常心を保つ」等の対処法しかありませんので,本研究では後者のような原因についてのみ扱うことにしました.そして,「(後者のような原因では)ばれない嘘の条件」を形式的(機械的に扱うことが可能な様式)に記述し,つきたい嘘がばれない嘘の条件を満たすようにするためのアルゴリズムを提案しました.

図1
図1
クリックで拡大

 本研究では,数理論理学における論理式を現実世界の表現方法として用い,そのようにして表現された世界を前提として議論を行うことにしました.これにより,「ばれない嘘の条件は何であるか」という問題を「世界がどのようであれば,その嘘が嘘であると相手に推論されないか」という問題に置き換えました.この問題に対する本研究の答え(直感的な表現)は「相手が,その嘘を自身の信念(その人が信じている全ての事柄からなる集合)に追加しても信念内で矛盾が生じない,あるいは論理的には矛盾が生じていてもその矛盾に気付かない」で,これを本研究でのばれない嘘の条件としました.

図2
図2
クリックで拡大

 この条件を形式的に記述するためには,「気付く」ということを曖昧性を含まない形で定義する必要がありました.気付くかどうかはその人間の推論に依存する問題です.本研究では,推論は信念に対する追加・除去に伴って行われるものとし,その種類は演繹とアブダクション(図2)のみを考慮しました.ただし,推論の深さには制限を設けました.また,説得力の観点から,「嘘が嘘でないことを背理法によって証明できなければならない」という制約も加えました.

 つきたい嘘がばれない嘘の条件を満たすようにするためには世界内の相手の信念部分を改竄すればよいので,提案したアルゴリズムは信念改竄アルゴリズムとなりました.

 本研究の成果は,情報保護の方法への導入や,エンターテインメント分野で利用する等,様々な応用が考えられます.

2007年6月 人工知能学会全国大会にて発表

医療通訳支援のための協調型用例対訳収集システムの開発

北村研究室 田淵裕章

田淵裕章

 近年の急速な国際化により,日本語でコミュニケーションのできない外国人が数多く日本を訪れるようになっています.このような人々が急病になった場合,医師に症状を的確に伝えられずに適切な医療が受けられない問題が生じています.現在はNPO 等によって派遣される医療通訳ボランティアが外国人患者を支援しているが,その人材は限られているため,医療通訳ボランティアに代わる医療通訳システムが求められています.

図1
図1
クリックで拡大

 そこで本研究では,翻訳の品質が保証されている対訳集を利用して外国人患者を支援するのが有効だと考え,世界中のボランティアが協調作業をして,膨大かつ多言語にわたる医療用例対訳が収集できる,協調型医療用例対訳収集システム(図1)を開発しました.

図2
図2
クリックで拡大

 医療用例対訳の作成は,用例の提案,用例の品質チェック,対訳の作成,対訳の品質チェックといった手順を踏みます.この手順にそった医療用例対訳収集には,異なる能力を持った人達が関与できる必要があります.例えば,医療現場での対話に熟知している病院関係者は,用例の提案ができます.また多言語に精通している通訳ボランティアや言語研究者などは,その用例を多言語化できます.協調型医療用例対訳収集システムでは,このように異なる能力を持った世界中のボランティアが,それぞれの能力に応じた役割を担当することにより,翻訳品質が保証された医療用例対訳を収集できます(図2).

 図2では,ユーザを役割別で認証することにより,各ユーザに最も適したインタフェースをそれぞれ表示させています.

 協調型医療用例対訳収集システムで蓄積された医療用例対訳は,本システムの機能の一つであるWebサービス化機能により,世界中の病院のパソコンから利用できるようになります.

2007年3月 情報処理学会全国大会にて発表

人体散乱特性の距離依存性に関する研究
—人体が電波を遮蔽したときの変動を人や送受信アンテナの位置関係に依存することを考慮して近似推定する方法に関する研究—

多賀研究室 辻哲也

辻哲也

 今や携帯電話や無線LANなどを用いた無線通信は、有線通信に引けを取らないくらいに、より高速で快適にデータ通信できるようになってきています。それを可能にしている高速無線データ通信技術の1つにMIMOと呼ばれる技術があります。MIMOは、送信側の端末と受信側の端末にそれぞれ複数個のアンテナを用い、マルチパス伝搬チャネルを分離処理して伝送路を空間多重として利用することにより、同時に複数の情報ストリームを伝送する技術です。このMIMOシステムの設計には、分離処理した各伝搬パスの電波を人が遮蔽することによって生じる変動をモデル化することが重要です。

図1
図1
クリックで拡大

 そこで本研究では、人の移動が伝搬パスに与える影響を、簡易モデルによってシミュレーションしました。そして、その特性を予め求めておいた人体での電波散乱係数データを用いて、簡便に近似計算する手法を提案しました。

 本研究では、人を直方体モデルで近似し、シミュレーションを行いました。送信アンテナと受信アンテナの間のパスを人が遮りながら移動すると、電波が完全に遮られるところでは、2つの落ち込みが見られます(図1)。この特性を提案した近似計算手法により求め、RMS誤差評価を行いました(図2)。RMS誤差とは、個々の近似誤差を一旦2乗してから平均し、平方根をとった値のことです。

図2
図2
クリックで拡大

 人などの動く物体が電波に与える影響を調べるには大量で複雑な計算を逐一行うことが必要ですが、予め計算データを離散的に作っておき、必要なものだけ取り出して近似する方が効率がよく、MIMO方式の更なる研究開発において実用的であると考えられます。

電子情報通信学会の2007年総合大会にて発表(2007年3月)
タイトル『散乱特性を用いた人体パス遮蔽特性の計算誤差に関する一検討』

インターネットコミュニケーションによる人間関係ネットワーク抽出に関する研究

巳波研究室 下村香央里

 現在,学級集団の構造を知る手段としてソシオメトリック・テストと呼ばれるものがあります.これは様々な質問をすることにより,個人の好きな相手や嫌いな相手を書かせることで集団の構造を客観的に明確にすることができるものです.しかし,このテスト実施そのものが,潜在化していたネガティブな人間関係を顕在化させたり,意識的な歪曲の可能性があるなど多くの問題があります.また,集計,可視化のための労力も大きく,現在ではほとんど実施されていません.

 そこで本研究では,これらの問題を軽減するために,ブログやソーシャルネットワークサービスなどのインターネットにおけるコミュニケーションから間接的に人間関係ネットワーク構造を推定する方法を提案し,実際に被験者を募り,実験を行った結果,提案方法の有効性を評価しました.

図
クリックで拡大

 学級内などの閉鎖的な場合のインターネットによるコミュニケーションは,日常の人間関係と類似すると考えられます.そこで,アクセスやコメントなどのログから推定式を提案しています.

 さらに,推定された人間関係ネットワークを簡単に見やすく表示する可視化ツールを開発しました.これにより,長さや色などから人間関係を細かく見ることができます.

バーチャル砂絵描画システムの作成 —砂の堆積シミュレーション—

北橋研究室 松浦史明

松浦史明

 アートやエンターテイメントの世界にCGが導入されたことにより、その可能性は拡大しました。身近なところでは、ゲームやTV・映画などにおいてよくみかけられるようになりました。しかし、それらは主に映像として受身の形で提供されることが多いです。仮想空間において3DCGを直感的に操作することは、CGの魅力であり、擬似的であっても現実に近い感覚が得られ、人間の感受性を向上させ豊かにさせると考えられます。

 そこで、本研究では、砂の堆積の表現をリアルタイムでシミュレートし、砂文字・砂絵の描きを擬似的に体験できるシステムを作成しました。

 実際の砂を用いた場合には、色や粘性(これにより砂山の傾斜が決定される)など砂の諸属性を手軽に変更することは難しいですが、CGを用いることによって、これを簡単に実現し、様々な種類の砂を用いた描画表現を可能とすることが本研究のねらいです。

 砂の堆積を表現するにあたって、砂粒にパーティクル表現(形が不定で明確な境界面をもたない曖昧な対象の表現)、砂の堆積面にハイトフィールド(2次元格子に高さを与えたもの)を用いました。

 このシステムではポットから砂を落としていき、砂を堆積させていきます。マウスとキーボードを使って、砂の発生源となるポットの位置を移動させたり、画面の視点、砂の色・粘性、風の影響や跳ね返り表現の有無とその風力や反発係数などの設定を変更できます。

fMRIによる共感覚現象の脳機能解析

長田研究室 高橋理宇眞

図
クリックで拡大

 共感覚は『1つの物理的刺激によって複数の感覚知覚が引き起こされる現象』で,代表的なものには,文字に色が見える,味に形を感じる,音に色が見えるなどの現象があります.共感覚は成人の約2000人に1人に現れると言われていますが,生後3ヶ月までの乳児には一般的に確認されるなど,人間が元から持っている能力であるとも考えられるため,近年共感覚に焦点を当てた研究が注目されてきています.

 本研究では,共感覚の1つである色聴現象(音を聴くと,色が見える)に着目して,色聴保持者に対して音楽を呈示した時の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)により計測し,メカニズムの解明を行いました.

 実験では,音楽とビープ音とを呈示し,その時の脳活動の差を求めたところ,紡錘状回,小脳,上前頭回,下頭頂小葉の4つの部位において色聴保持者に有意な活動が見られました.紡錘状回は色知覚に関与する部位であることから,色聴保持者が実際に色知覚を行っている事がわかりました.小脳は,運動機能の調整を行う部位として古くから知られていますが,今回確認された活動は音楽を聴くことで演奏動作を予測したものと考えられます.小脳と紡錘状回は隣接している部位で,小脳の活動と紡錘状回の活動が同時に起こっていることから,色聴保持者では小脳と紡錘状回の間に強い神経組織の結びつきが存在することが考えられます.本研究ではこのつながりが音楽聴取による色の知覚を引き起こすという色聴メカニズムを提案しました.

 共感覚現象は,人間の知覚特性や感覚モダリティ 間の関係を明らかにする上で重要な手がかりになるとされており,なかでも色聴はコンテンツ制作など映像と音楽をどのように組み合わせるかといった問題に対する有効なアプローチとして期待されています.

2007年4月 第2回共感覚学会国際会議にて発表
2007年6月 第13回Human Brain Mapping国際会議にてポスター発表