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卒業研究(2007年度)の紹介

2007年度に情報科学科の研究室で行われた卒業研究のうち,興味深い結果が得られた以下の8件の研究について紹介します.

■ マセマティカル・インフォマティックス(情報数学)分野

■ ソフトウェア・ネットワークサイエンス分野

■ メディア・サイエンス,エンタテインメント・コンピューティング分野

ピアノ演奏CG自動生成システムに関する研究

巳波研究室 釘本望美

図1
図1
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 ピアノはすぐに修得できるものではなく,練習に長い時間と労力が必要となります.そのため,現在さまざまなピアノの教育支援システムが提供されています.このような中で,模範演奏の動作をCGアニメーション映像として表示させるシステムが実現すれば,ピアノの教育支援システムとしても活用することができるのではないかと考えました.また,現在CGアニメーション映像を作成するにはコストの負担が大きく,多大な手間と時間を必要とします.この問題に対して,楽譜データから自動的にCGアニメーションを作成することができれば,これらのコストと手間の大幅な削減にもつながります.本研究の目的は,モーションキャプチャシステムで演奏データを取ることではなく,入力として与えられた楽譜から演奏のCGアニメーションまでをすべて自動的に生成する方法を確立することです.そこで,ピアノの運指決定法を最適化問題として定式化し,その運指結果を基づいてピアノCGアニメーションを生成するシステムを開発しました.

図2
図2
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 運指決定法では,音は鍵盤(88鍵)とし,音の長さや装飾音などは考慮せず,右手の単音のみを考えます.入力された楽譜のデータより,現在の音から次に演奏する音の間にコストを与えます.このコストの値は手指の構造や負担に基づいて予め決定しておきます.そのコストの和が最小となる結果が手指への負担が最小となると考えられるので,その指の割り当てを最適な運指と定義します.この運指決定法の有効性を確認するために数曲の実験を行ったところ,手指にとくに負担をかけることなく演奏することができる運指を得ることができました.図1に運指結果の例を示します.

 このようにして得た運指結果と,運指と対応させた3次元位置座標と音の長さの値より,アニメーションを生成します.音は,入力された楽譜データの音の長さから音を鳴らします.アニメーションと音を組み合わせることによって,CGアニメーションとして描画します(図2).開発したシステムでは,このようにしてピアノの楽譜データから自動的にピアノCGアニメーションを作成しています.

優先度付き三次元パッキング問題

茨木研究室 峰松大介

 長期の海外旅行に行くときは,かなり多くの荷物を持っていくでしょう.そんなときに荷物を詰め込むことがうまい人は「こんなにスーツケースに入るの?」と思わされてしまう量の荷物をいとも簡単に入れてしまいます.あこがれますね.

表1
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 これが運送業界の話になるとさらに重要です.場合によっては荷物ひとつのためにトラックをもう一台出さないといけなくなったり,タンカーによる海上輸送だとタンカーをもう一台出すことにつながります.

 ところがいつもできる限り多くの荷物を詰め込めばいいというわけでもなさそうです.一番最初の配送先で下ろす荷物がトラックの一番奥なら,荷物を下ろすときの手間は相当なものです.また海外旅行に行くのにパスポートをスーツケースの一番奥に入れていたら・・・空港ですべての荷物をぶちまけることになります.周りからすごい目線を浴びながら・・・

 そこで「この荷物は最初に取り出さないといけない」とか「この荷物を取り出すのは○番目でもよい」といったように,荷物を取り出す順番に優先度をつけた詰め込み問題を考えました.それが優先度付き三次元パッキング問題です.

図2
図2
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 では実際に例をひとつ見てみましょう.表1に示した荷物の集まりを幅180,高さ150,深さ170の入れ物に詰め込んだ結果が以下のとおりです.この図2では優先度1の荷物が赤,2が黄,3が緑,4が青,5が紫となっています.図2を見てわかるとおり,優先度の高いものから順番に取り出せるようになっています.

 本研究では一般的な三次元パッキング問題の解法をベースとして,それを優先度つきのものに改良し,数十個単位の荷物で線形時間内に解くことができました.

Web評判サイトからの領域依存評価表現の抽出

北村研究室 池奥渉太

図1
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 近年では,ブログやクチコミ情報サイトといったWeb評判サイトでユーザが自由に情報を発信できます.そこには,製品やサービスについての評判情報が多数存在しており,マーケティングなどで利用できるため,企業からも注目されています.しかし,必要な評判情報を得るためには,全ての文章一つ一つに目を通さなければならず,評判情報を自動的に抽出することが必要になります.

 従来の評判情報の抽出は,「良い」や「気に入る」といった,どのような対象領域でも使える汎用的な評価表現を用いて抽出を行っていました.しかし宿泊施設を例に挙げると,「ゆっくりできた」や「くつろげた」といった対象領域に依存した評価表現も多く存在しています.そこで,本研究では領域依存評価表現を自動的に抽出することを目的としました.

 抽出方法は,評価の理由に着目して,理由を手がかりに領域依存評価表現の抽出を行いました.例えば,汎用的な「良い」という評価表現を含む,「部屋も広く良かった.」という文章から「部屋が広い」という評価理由を抽出します.次に,その抽出した「部屋が広い」という理由を用いて,別の「部屋も広くゆっくりできました.」という文章から「ゆっくりできた」を領域依存評価表現として抽出します.

 実際に,「楽天トラベル」から宿泊施設に関する領域依存評価表現の抽出を行ったところ,「ゆっくり休める」や「寝心地がよい」,「定宿にしたい」といった領域依存評価表現を得ることが出来ました.また,抽出した領域依存評価表現を用いて新しく評価理由を抽出し,理由抽出→評価表現抽出→理由抽出→・・・,と繰り返すことで更に広い範囲の領域依存評価表現が抽出できるのではないかと考えています.

パス遮蔽相関を考慮したパス遮蔽モデルの検討

多賀研究室 緒方大悟

図1
図1
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 近年,音楽/動画配信などの大容量データ通信が行われるようになり,携帯端末や無線LANでも有線接続のように高速な通信が求められています.それを可能にするためにMIMOと呼ばれる技術が研究されています.MIMOとは送信局,受信局の双方で複数のアンテナ素子を用い,マルチパス環境特有の複数の空間的固別パスを利用し同時に複数のデータを伝送する技術です.このMIMOシステムを設計するためには,電波が人体によって遮られることによる効果を考慮する必要があります.そのため,屋内環境で人が移動することでどのような確率でパスを遮るかというモデルが作成されています.しかしながら,似たような場所を通ってくるパスがどの程度似通った遮蔽を受けるかというモデル化は行われていません.

図2
図2
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 そこで本研究では,屋内無線LAN環境を想定し,各伝搬パスが人の移動によって遮られるというコンピュータシミュレーションを行い.その結果から,各伝搬パスがどの程度の相関(どの程度似通っているか)をもった遮蔽を受けるかをモデル化しました.

図3
図3
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 本研究ではレイトレーシングという手法を用い(図1),伝搬パス(電波の通り道)を求め,そこに人体をランダムに移動させることで各伝搬パス間の遮蔽相関を求めると,図2に示すような相関を持っていることが判明しました.そこで,この相関を表現するために図3のような正規分布で近似した相関モデルを作成しました.乱数シミュレーションによって各伝搬パスに遮蔽を与えた場合に,本研究で作成した相関を各伝搬パスに与えることができるようになると,より現実に近いシミュレーションが行えるようになります.この結果はMIMOシステムの性能を向上させるための研究開発に役立ちます.

電子情報通信学会2008年総合大会にて発表(2008年3月)

ベイジアンネットワークによる化学物質の毒性発現機構の研究

岡田研究室 山口一歩

山口一歩

図1
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 現在,生産された化学物質に対して動物実験を行い,毒性学的性状を明確化することが法律で定められています.化学物質の毒性は,動物試験によって得られた膨大な実測試験データを基に評価します.これには既に知られている物質の作用や生体内における代謝に関する知識等による総合的な判断をすることが必須です.これは科学者にとって非常に大変な仕事です(図1).

図2
図2
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 本研究の目的は,化学物質の毒性を既知の周辺情報を基に,科学者が的確かつ効率よく評価できるシステムの構築です.そのために,化学物質の血液・肝臓への毒性を対象としたベイジアンネットワークモデルを構築しました.

 ベイジアンネットワークとは,確率的な因果関係をモデル化するグラフィカルモデリングの一つです.この手法は,因果関係の有無を有向グラフで表し,その強さを条件付確率表で表現します.このモデルに対して,ある証拠となる事実を与えると,確率推論を行い,事後確率を計算します(図2).

 しかし,一般的にベイジアンネットワークモデルを構築する際には,その因果関係に関する専門家であっても,適切な条件付確率の入力を行うことは非常に困難であるという問題があります.

 本研究においても,化学物質の毒性という生体内で起こる不確かな現象を扱っているため,同様の問題が発生します.そこで,この問題を解決するために,矛盾解析と感度解析を用いました.矛盾解析とは,推論を行った結果から,条件付確率表で表現される前提知識と整合する合理的なpath(図3)と,前提知識と矛盾する非合理的なpath(図4)を検出する分析手法です.また,感度解析とは,どの条件付確率を更新すれば,もっともらしい値を入力できるかを計算する分析手法です.これらの手法を用いることによって,化学物質の毒性を科学者にとってわかりやすいように表現することができました.

図3
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図4
図4
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色の特徴を用いた道路標識の認識に関する研究

金田研究室 小椋 聡

小椋聡

図1
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 自動車事故が起こる原因として,ドライバーの不注意によるものが大半を占めています.そのような事故を防ぐための研究として,他の車両との相互関係を理解するものや,障害物や歩行者などを発見するといった研究が盛んに行われていますが,道路標識の認識も自動車事故を防ぐための重要な研究分野のひとつです.そこで本研究では,ドライバーへ注意を促すため車載カメラにより撮影した画像から,前方に存在する道路標識を認識します.

図2
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 道路標識はすべて赤,青,黄,白,黒からできており,人目につきやすくするように人工色が使われているという特徴があります.この特徴を利用することにより,画像中(図1)からまず標識の候補となる領域を抽出します(図2).

図3
図3
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 次に,候補となる領域一つ一つに対して,赤,青,黄,白,黒がそれぞれ何%ずつ含まれているのかを調べます.そしてあらかじめ計算しておいた標本標識の割合と照らし合わせを行います.例えば標本標識の進入禁止の場合,四角で囲んだ領域から見た,赤の割合は54.3%,青の割合は0.0%,白の割合は18.4%となります.この標本標識のデータと候補領域のデータを照らし合わせていき,標本標識のデータとほぼ一致したものを進入禁止の標識として認識します.

図4
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 同様の作業をさまざまな標識に対しても行います.しかしこれだけでは実際には標識でない領域も標識であると認識されてしまう場合があります.そこで,さらに詳しく調べるため,標本標識と候補領域を4つに分割して,それぞれ4領域の色の割合を比較します(図3).これにより,正確に標識を認識することができます(図4).

赤外線投射カメラと不可視マーカを用いた実世界へのアノテーション

河野研究室 能田雄規

図1
図1

 コンピュータの小型化・軽量化,記憶メディアの大容量化に伴って多くの人がPCを携帯するようになり一人1台以上の携帯電話を持つ時代になりました. コンピュータの小型化が進むに連れコンピュータやカメラなどのデバイスを常時身につけて生活するウェアラブルコンピュータの普及が予想されます. ウェアラブルコンピュータを装着しているユーザは常時ネットワークに接続しており生活の中でその時々に応じた様々な情報の提供をコンピュータから受けることが出来ます.これらの状況に応じた適切な情報提供を行うにはユーザを取り囲む環境やユーザが注視しているもの(情報を知りたい対象物)の情報をコンピュータに与える必要があります.

図2
図2
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 コンピュータに情報を提供する手法の一つとして図1のような画像マーカを環境にある物体に付与し,身体に装着したカメラでマーカを撮影し画像処理により認識することによりコンピュータに物体の情報を提供します.しかし画像マーカは白黒パターンのため実世界の物体に大量に付与すると大変目障りです.そこで本研究ではマーカに透明な再帰性反射材を用いた不可視マーカを用います.図2は不可視マーカを用いた情報提供システムの概要図です.この不可視マーカは人の目には見えません.再帰性反射材は光を入射方向に反射します.不可視マーカを環境に配置し,身体に装着したカメラのレンズ周辺から赤外光を点灯させながら撮影すると消灯時には通常のカラー画像点灯時には再帰性反射材によって反射された赤外反射光を含むカラー画像を撮影することができます.

 赤外線の点灯をコントロールできる特殊なカメラ(図2中:ObjectCam)で物体を撮影するとマーカを認識し物体からの情報の提供を受けることが出来ます. (図2中:赤外LED消灯時)がマーカを付与したパンフレットのカラー画像と(図2中:赤外LED点灯時)が赤外光を含むカラー画像ですこの2枚の画像の差分をとる (引き算する)ことによってマーカから反射してきた赤外光を撮影することができます(図2中:差分画像)がその差分を撮った画像です. マーカIDとURLを対応付けておくとこのように肉眼では見えないマーカを撮影することでパンフレットに応じたWebページの表示をすることが出来ます.

リアルタイムCGによる質感表現〜異方性透過の計測と実装〜

長田研究室 水嶋彬貴

図1
図1

 コンピュータグラフィックス(CG)は,より高品質で高速な表現技術が求められています.CGのレンダリング(質感表現)はオフラインとオンラインの2つに分類され,オフラインレンダリングは映画など高品質,高精細な表現を追求するため,長い時間をかけてレンダリングを行い,一方,オンラインレンダリングはバーチャル空間などリアルタイムかつインタラクティブな表現を実現するため,画質より計算時間の短縮を優先します.最近ではコンピュータの高性能化にともない,オフラインCGの技術をオンラインCG化することも可能になってきました.しかしCPUの性能には限界があるため,オンライン化には様々な技術課題があります.

図2
図2
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 本研究は複雑な透過特性を持つ素材をリアルタイムで描画することを目的とします.素材の質感を高品質で表現する異方性透過分布関数(BTDF : Bidirectional Transmittance Distribution Function)はデータ量が膨大でレンダリング時間を要します.そこで計測した4次元のBTDFデータを2次元に圧縮し,テクスチャ画像として保存します.そしてテクスチャサンプリング機能を用いることで高速テーブル参照が可能になります.このBTDFテーブル参照に基づくレンダリングをCPUの数倍〜数十倍の演算処理性能を持つGraphics Processing Unit (GPU)を利用して行います.

 これによりパラメータの決定にかかっていた手間と時間が省けただけではなく,煩雑なGPUプログラミングを行うことなく入力画像を差し替えるだけで様々な素材を本物のような質感で描画し確認しながら編集することが可能となりました.さらにモデルの形状やモーションの生成をGPUで行ったためCPUの負荷が下がり,テクスチャマッピングなど他のソフト処理を同時に行ったり割り込みを発生させたりしても,フレームレートへ影響を与えることなくリアルタイム性を保持することができました.