近年、コンピュータが高速で安価になったので、複雑なネットワークの中身を理解することをあきらめて、計算機シミュレーションをぐるぐる回してネットワークの動作を調べたり、場当たり的に制御方法を考案しようという研究が増えています。こうしたアプローチは、ある意味では勘に頼る方法で良い方式を生み出そうとしていると言えます。
しかし大崎研では、ネットワークの本質を理解することが何よりも重要だと考えています。そこで、理論と実践の両方からアプローチし、いままで誰も中身を理解していないような大規模ネットワークの神秘を解き明かそうとしているのです。それは、生命科学者が生物の神秘に惹かれ、その複雑なメカニズムを理解しようとする姿勢に似ているかもしれません。
研究では、まず複雑な大規模ネットワークの抽象モデルを構築します。このモデルができれば、ネットワークが淀んでいる箇所はどこなのか?不安定なスポットはどこなのか? 通信量が今後どう変動するのか? などが理解、分析可能になり、人間が観察しただけではわからないような大規模ネットワークの原理を解明できます。
理論でわかった内部構造や動作原理を、実際の通信ネットワークへの制御や設計に応用します。例えば、通信速度を向上したり、災害時・非常時でも通信が可能になったり、ユーザにとって本当に使いやすいネットワークサービスを創造したり、発展途上国にも導入できる通信インフラを生み出そうとしています。
大規模な災害が起きたとき、現在のTCP/IPによるネットワークでは、基地局の事故などによって通信が困難になります。しかしエピデミック型通信と呼ばれるメッセージ配送方式を使用することによって、被災者間や救急隊員間で情報を共有することが可能となります。この配送方式は、現在は主流ではありませんが、研究を進めていくことで災害時に運用することが可能だとわかれば、今後多くの人の役に立つことが期待できるところにやりがいを感じています。
ネットワークという言葉には、いろいろな意味がある。本研究では、情報通信のためのネットワークを意味する。
規模の大きなネットワーク。ノード (中継装置) の数が数千台以上、利用者が数千人以上くらいを「大規模」と呼んでいる。
情報ネットワークの設計様式。具体的な情報ネットワークの設計図ではなく、「情報ネットワークをどうつくるべきか」という設計思想や考え方のこと。