事例に基づくデザイン支援と評価基盤の構築
−非言語メディアのデザイン支援に向けて−

背景

非言語メディアを論理的に記述し,その内容を他者へ伝達することは一般に非常に困難である.例えば,音楽,映像,造形,舞踊を,いったん自然言語あるいは形式言語による記述に置き換えてしまうと決して元の音楽,映像,造形,舞踊を復元することはできない.また,非言語メディアどうしの置き換えでも復元することはできない.

非言語メディアには本質的に互いに曖昧かつ主観的な記述でしか表現できない要素が含まれており,逆にその部分が非言語メディアの存在意義でもあった.このような背景のもと,これまで,音楽,絵画,造形,モーションといった非言語メディアのデザイン支援の研究は,人工知能ともあまり関連付けることなく,また互いにも関連付けることなく,個別に進展してきた.

実際に非言語メディアのデザイン支援の研究事例を俯瞰してみると意外にも共通点が多いことに気付く.例えば,デザイン対象である非言語メディアの表現・記述の階層構造,すでに存在するコンテンツをいずれかのレベルで加工して新しいコンテンツを創作する方法論,デザインプロセスにおける創造性支援の手法などである.共通点があるということは,他メディアでの方法論を援用あるいは借用することが考えられたり,今後新たに取り組まれる非言語メディアに対して研究の指針を与えることができよう.また逆に,相違点が明らかになれば,非言語メディアの特徴を活かした応用技術や,メディア情報の変換や統合技術に寄与することが考えられる.さらに,抽象的な立場からは,メディア全般に対する我々の理解が深まるであろう.

デザインと elaboration

一般にデザインとは,表現すべき抽象的な課題が与えられ,それを適切な実装技術やインタフェース技術等によって効率良く達成する表現行為(その過程と結果)を指すことが多い.では,非言語メディアを対象としたデザインとは何だろうか?

コンテンツ制作においては,その非言語コンテンツをより多くの受容者に受け入れて貰うという目的をもってデザインがなされる.これに対し,一般にアートとは,制作者の問題意識を作品という表現行為で表象したものを指すことが多い.アートの制作者は,制作者の“自己表現”が主目的であり,受容者の感じ方に留意することは少ない.つまり,アートとデザインの差は,コンテンツに対する受容者の印象や感想が制作者の意図に沿ったものになるよう意識して表現行為を行うかどうかという点にあると換言できる.非言語メディアコンテンツに対して各受容者の持つ印象や感想自体は曖昧かつ主観的であるが,我々は生物学的及び社会学的に共通の背景や概念を持っているため,ある程度の一般性は仮定できると考えている.

非言語メディアデザインの表現行為において,受容者の印象や感想を制作者の意図に沿ったものにするために意図的に配された逸脱をelaboration と呼ぶ.例えば,演奏者はある意図を実現するため,譜面通りの機械的な演奏からテンポ,音長,音量などを逸脱させる.これは演奏表現レベルでのelaboration である.また舞踊においては,特定のポーズに対する体の各部分のちょっとした配置や角度の違いがelaborationである.一般に,elaboration には個人差が認められる.受容者は,そこに,個性や様式を感じとる.

従来のパターン認識では,主として具体的記述レベルにおける正規化部分(黒色の線)かどうかの識別を対象としており,それ以外の情報を切り捨てることが多かった.我々は,それら切り捨てられていた情報の記述方式と利用法に大きな関心を持っている.

気付き

適切に設計されたデザイン支援システムは,その操作を通じて,使用者に“気づき(breakdown)”[Fischer 94]をもたらす.気付きは,システムが使用者の予想と違った動作をした時に生じ,使用者はそれをきっかけにシステム,さらには使用者が扱っている課題自体に対する理解を深める.気付きの例としては,ある操作をした時に結果が予想を上回って(下回って) しまった,同じ(違う)操作をしたのに結果が異なった(同じになった) などである.実際,デザイン制作者はこの気付きを通じて,自分が取り組んでいる課題に対する理解を深め,より適切な実現法を思い付くことが多い.気付きを与える有効な手段の1 つに前述のelaboration がある.

デザイン支援システムにおいて創造性を高めるためには,操作に対する感応性(interactivity) と使い心地(desirability)の実現も重要であると言われている[Norman88].ここで使い心地とは,システム使用者の本質的な思考の妨げになるような外乱を最小に抑え,操作対象をreadyness-at-hand な状態に置くことを意味する.感応性と使い心地が良いシステムは表現における思考を外在化するツールとして利用され得る.ある意味で,気付きとは対照的な着眼点ではあるが,実験的な操作によって得られる予想外の“結果(出力)” が新たな発想につながることも少なくない.我々は,デザイン支援システムにおいて,使用者にどのような気付きをどのような状況でバランス良く与えるかが重要な設計指針になると考える.デザイン(アーティファクト)やアート作品においても受容者の“気付き” が意識されている.アートでは,気付きを通じて,鑑賞者に感動や何らかのイメージを想起させることを目的とすることが多い.しかし,それはどちらかと言うと,鑑賞者まかせである点でデザインとは異なる.

感性工学と事例に基づくデザイン支援

非言語メディアを扱う応用指向技術の一部は感性工学と呼ばれており[長町93, 大澤00] ,次のような方法論を採用している: 多数の形容詞によって評定したデザイン素材に対する印象を多変量解析によって低次元の特徴量空間に縮約する,その特徴量空間内の距離が感性的な近さに対応することを利用してメディアの提示と選択等を行う,GUI 等の技術で特徴量空間内の配置されたメディアを操作する.応用実績としては「車」「眼鏡」「商標」等の検索インタフェースがある他,作曲支援に用いられた例もある[Saiwaki 89].

感性工学においてシステムを操作するためのインタフェースは「美しい」「激しい」「都会的」などの形容詞(情緒表現) に基づいている.情緒表現の中には上述の逸脱,すなわち, ideosyncratic (そのコンテンツをそのコンテンツたらしめているコンテンツ中の特徴) なデザインの機微や個人差に対応するものもある.しかし,特異な情緒表現は次元を縮約する際にうもれてしまう.それゆえ,感性工学が有効なのは,一般性がある程度まで仮定でき,その特徴量が良く知られている領域における識別,検索,照合的なタスクに限定される.したがって,感性工学的アプローチは,コンテンツ制作を目的とするデザイン支援システムには本質的に適していないと思われる.

現実のメディア制作現場では,考えている様式やイメージを指し示すのに,具体的な事例を利用し,情緒表現は補足的に用いることが多い.例えば「ビートルズのあの編曲のレゲエ風テイスト使おう」,「スタンリー・キューブリックのあのシーン展開での激しさが欲しい」などの会話が飛び交う場面は少なくない.事例からその内容(の一部) を転写する利点は,ideosyncratic なデザインの機微や個人差を情緒表現で記述することなく伝達できる点にある.事例をデザイン支援に利用するという方法論の欠点としては,事例に基づく推論(CBR) でも言われているように,事例の適切なインデキシング,開いた状況(文脈) への対応が難しいということが挙げられよう.この問題は,事例の記述(コンテンツ表現) の問題に帰着される.特に,デザイン支援においては逸脱も含めて適切に表現されなければならない.

研究事例:その1

EMI はCope によって1981 年から開始された自動作曲に関するプロジェクトである[Cope 91].Cope は,「作曲とは,今までに作られた作品の事例の解析と再合成によってなされる」という考え方に基づき,自動作曲・編曲システムを構築した.

EMI は大きくわけてパターンマッチ(モチーフ抽出)プロセスとルール解析のプロセスから構成されている.パターンマッチでは,ピッチのみ,リズムのみ,ピッチとリズムを合わせたものの3 つの基準から,同一または同型と考えられるモチーフの発見を行う.一方,ルール解析では,パートの進行方向,繰り返される音の数,和声の概形などからモチーフの出現確率を計算し,それを拡張遷移網(augmented transition network) として表現する.これら作品の様式に関する基礎データから,乱数を用いて,モチーフを再構成することで作曲が行われる.ユーザが与えるデータは楽譜(音のシーケンス)である.使用者が把握できる内部変数は,モチーフ,和音の推移確率などである.

研究事例:その2

ミックスダウンとは,レコーディングによって録音された各トラックの音素材に対し,エフェクタにより音質を加工し,音量や音像定位の調節を行い,最終的に2トラックにまとめあげる作業である.この部分のデザインにプロデューサ(エンジニア)の個性が顕著に表れる.的確なミックスダウンを施すためには高度の技能と経験が必要で,アマチュアにとっては難しい.片寄らは目標となるミックスダウン事例を参照し,そこで施されたデザインを転写するシステムを提案した[谷井03].

最近のJ-pops の多くは計算機上のシステムによって制作されており,十分な資産が存在する.それらの資産を利用するために,音響信号処理に基づいて,各トラックの楽器種,楽曲中の音楽構造(A メロ,B メロ,サビなど) の情報を付与(アノテート)する.ユーザが用意した原曲のそれぞれのトラックに対し,対応する事例中の音楽構造毎,トラック毎のエフェクト,音像定位パターンを転写する.

このシステムの基本的なアイデアは,言語的なインタフェースを使用せず,ユーザが目標とする事例を与えるというものである.「事例」が思い浮かばないケースも想定し,「楽器の音色」「奏法」を手がかりに類似の事例を検索し,その中から所望のデザインを選ぶインタフェースも用意している.「A メロ,B メロ,サビなどの構造記述」「楽器の音色」「奏法」など,人間にとって直感的な認知的特徴をシステム内部で扱おうとしている点がこのシステムの特徴である.

研究事例:その3

造形領域においては,デザインプロセスの定式化を行い,その知見をデザイン支援に応用する研究が行われてきた.その端緒は,G. Kepes によって説かれた視覚言語である[Kepes 44].しかし,今までの研究の多くは,主として造形研究家やデザイナの直感を頼りにしており,形状の物理量などに基づいたものではなかったため,成果の一般的な有用性や適用可能性,説明の科学的な客観性は乏しかった.

原田らは視覚言語を扱う対象の物理量から抽出(定式化) することを目指し,自動車の曲線(面) デザインを題材として,その定量化や認知科学的アプローチを試みた(図4) [原田98].ここで体系的に定式化された視覚言語を再構成することで,創成(デザイン) が可能となる曲線の解空間全体を同定することに成功した.さらに,デザイン支援として,任意のデザイン概念(イメージ) を具現化する視覚言語とそれらを組み合わせる統語法(様式) との関係を形式化し,自動車の曲線デザインにおいて検証した.しかし,自動車全体の曲面までを網羅した様式の実装までには至っておらず,このレベルの様式の形式化,表現や操作の探究が今後の課題である.

研究事例:その4

芸術家のHarold Cohen がLisp で構築したコンピュータ画家“Aaron” は,Cohen の芸術活動における過程(精神の働き)をマシン上に実装したものである.“Aaron”においては,Cohen 自身の描画に対する知識が形式化され,プログラムとして具現化されている.“Aaron” はCohen の表現に関する知識の一部を持ってはいるが,それはプログラム中に埋め込まれたものであり,一般の人は利用できない.

これに対し,笠尾・宮田らは,「多くの人と描画知識を共有しながら,新たな表現を生み出す」描画サーバーシステムの構築に着手している.この描画サーバーシステムの基本エンジンには,描画ソフトウエアSIC[笠尾01]が利用されている.SIC はまず,元となる写真から画像の構造を抽出し,次にその構造をもとに,数段の表現ステップを踏むことで、表現したい画風を作り出す(図5).

SIC のプログラムには、各ステップにおける描画知識が埋め込まれているが,それらを統合し一つの表現に結びつける知識については,プログラムから切り離すようにしている.つまり,各ステップにおける多くの“処理”の組み合わせ方やパラメータ設定を,スクリプトとして外部記述するようにしている.SIC を用いて生成された作品は,スクリプトの記述内容によって,多様に変化する.その対応関係を集積していくことにより,描画知識の整理,共有,再利用ができるようになると期待している.描画サーバーシステムでは,スクリプト,写真画像,写真画像から表現された作品の3 つを一組として,共有スペース上で管理している.

研究事例:その5

エンターテイメントや教育などの分野では,CG による人物アニメーションに対するニーズが高まっている.この制作には複雑な技術や専門知識に加え,膨大な制作時間が必要で,個人,とりわけ初心者にとっては敷居が高い.CG で人物動作を生成する場合,一般的にキーフレーム補間法が使用されるが,自然な動作を生成するためには多数のキーフレームを設定して動きを与えてやる必要がある.この作業を代替するものとして,少数のキーフレームのみを指定し,計算モデルによってモーションを補間する研究が行われている[星野03][向井03].

星野らは,アニメーションのデザインプロセスを,概略的な図表現による基本構造と運動レベルの詳細化に分離することで,複雑な人物アニメーションを容易に生成する手法を提案している.ここでの目的は,ストーリーボードによって記述されたシナリオやシーンデザインなどの様々なレベルで,モーション事例を再利用することである.まず,ビデオ映像からの3 次元的な人物動作を,輝度値と関節駆動力の最小化問題に帰着させて推定する.次にキーフレーム間のモーション補間を行うため,ストーリーボードに書かれた概略的なキャラクタ動作の記述に,動作データベースに蓄積された動作セグメント(事例) を適用する(図6).その際, 独立成分分析(IndependentComponent Analysis: ICA) を使用し,その基底により生成される空間拘束を用いることで,間隔の広い姿勢を補間した場合でも破綻の少ない姿勢遷移を生成する.

記述の階層構造(音楽の場合)

音楽には楽譜というものが存在する.楽譜には,音符のシーケンス,楽器種,演奏表現の手がかりとなる発想記号等が含まれる.楽譜における音の長さ,音の大きさ,音の高さは量子化されたものであり,実際の演奏にはそれに逸脱が加わる.楽譜だけでは元の演奏を正確に再現することはできないが,楽譜の記述力,記述のコスト,再現性のトレードオフとして現在の楽譜のような記法が定着したと考えられる.一方,楽譜という抽象化された記述階層が設定されたことで,楽曲そのものの記述(楽譜) と音楽演奏の表現に関する部分(逸脱) を分離することが可能となったとも見なせる.現在のDTMにおいても,楽譜情報と逸脱情報を分離して記述する方式が一般的となっている.

次に演奏の記述を考える.演奏者は与えられた楽譜に対して発音を制御してニュアンスを表現するが,そのために付加された逸脱を,ここでは演奏記述レベルの情報と呼ぼう.音響信号レベルでは,立ち上がり,立ち下がり,周波数スペクトル,及びそれらの時間変化等を意味する(これらは楽器毎に異なっている).例えば,ピアノやオルガン等の打鍵系楽器の場合,演奏記述レベルの情報は,打鍵時刻,離鍵時刻,音量で記述することができる.発音するために演奏者が時間連続的にエネルギーを与えなければならないバイオリン,トランペット等の楽器については,さらに弓の圧力,息の制御などの情報も記述する必要がある.

以上から,ここでは,音楽を基準となる非言語メディアとし,楽譜を中心に,縦軸に記述レベルの抽象化度をとり音楽の表現法を整理する(図7).図中,楽譜記述レベルの上に高次認知構造としての楽曲構造の層がある.楽曲構造を楽譜記述レベルから解析的に抽出するための理論がGTTM (Generative Theoryof Tonal Music)[Lerdahl 83] や,Implecation-Realization Model (IRM)[Narmour 90] 」である.また,音楽の各抽象化度(音響信号,楽音,楽譜記述,楽曲構造) において,それぞれ対応する演奏記述レベルが存在している(図7 中右側).演奏表現のためにはelaborationの付加が必要であり,このelaboration の分布を解析することで様式,デザインに込められた意図,デザイナの個性等との相関情報を得ることができる.

非言語メディアの記述階層

各非言語メディアの記述の階層構造を理解するために,音楽の階層構造と他の非言語メディアの階層構造を対応付ける(図8).図中最左カラムに参考として自然言語の階層構造を示した.各領域の各階層にはすでに名称が付けられ概念として区別されているが,ある程度の対応関係を付けることができる.前述した原田らの曲線の視覚言語は,図8 中の造形領域の自己アフィン性を持つ曲線の抽象化度に対応する.例えば,逸脱も含めた適切なコンテンツ表現が定義できればユーザにとって直感的で理解しやすい操作インタフェースが提供できよう.

事例の導入で情緒表現を経由せずに済むようになれば,制作者間の意志疎通が円滑になり,使い心地(desirability)の確保につながることが期待される.この記述の階層構造は静的な構造であり,対象メディアの一側面を表現しているに過ぎない.他にも例えば,制作と観賞プロセスの構造を対応付けることもできる.音楽や舞踊といった時系列メディア」の鑑賞者は,作家,パフォーマと同じ時間軸上を進まなくてはらなないのに対し,絵や写真といった非時系列メディアでは,鑑賞者の時間の制御はもっぱら観賞者に任されている.ただし時系列メディアでも,現在を見(聴き) ながら過去を想起したり未来を予測したりしている点で,鑑賞者は,制作者(作家,パフォーマ) の時間からある意味で独立と言える.他方,絵画においても,鑑賞者の視線の移動を促すよう意図されたデザインがある.また一般に,音楽やモーションなどの時系列メディアでは,より上位の認知構造の方がより知覚されやすいと言われている.特に音楽表現においては,認知構造の明確化をデザイン上の主題とすることが多い.

デザイン支援における創造性と気付き

創造性を高める上で,使用者に“気づき(breakdown)”をもたらすことが重要であると述べた.本節では,まず創造性に関する3つのモデルを紹介し,気づきとの関連を議論し,実際のデザイン支援システムでにおいて気付きがどのように導入され,創造性を高めるために機能しているかを見る.

Finke らは認知心理的な実験と知見をもとに,創造活動に関する認知モデルを提案した(図9) [Finke 92] .このGeneplore モデルでは,最終的な結果に到る前のアイデアをPre-inventive Structure (前発明構造) と呼び,前発明構造の生成段階とそれに解釈を加える探索段階が繰り返されるとする(Geneplore サイクル).生成段階では,要素の並べ換え,再組合せ,類推,カテゴリー簡約などが行われ,探索段階では,属性の吟味,文脈の変更,制約の発見などが行われる.前発明構造が持つ特徴として,新規性,曖昧性,有意味性,創発性,不一致性,多様性が挙げられている.

Shneiderman は,人間の活動全体を支えるHCI の視点から,創造活動に関するモデルを提案した(図10)[Shneiderman 02].Genex モデルの特徴は,直接的に創造を行っている時だけでなく,その前後の状況もモデル化している点である.Genexモデルでは,創造に関わる過程を,収集,関連付け,創造,貢献の4つに分け,任意の順で各々の過程が現れるとする.

収集過程では,探索・ブラウジング,可視化の活動により,創造に必要な情報や素材を幅広く集める.関連付け過程では,電子メールや会議等による同僚やコミュニティメンバとの意見交換を通じて,その素材の位置付けを考える.創造過程では,自由連想による思考,もしこうだったらどうなるかという組合せの吟味,実際に解を作成して試行,評価と再試行の一連の活動が行われる.貢献過程では,創造の成果をコミュニティに普及させる.さらに,Genexモデルでは,これら4 つの過程を記述する時には,ひらめき,構造,状況の3つの視点があるとしている.

野中らは,企業内の知識創造に関するモデルを提案した[野中03].SECIモデルでは,知識が企業内で創造され発展して行く様子を共同化(Socialization),表出化(Externalization),連結化(Combination),内面化(Internalization)
の4段階に分類した(図11).Genexモデルと比較すると,SECIモデルの表出化が創造過程と貢献過程に,内面化が収集過程と関連付け過程に対応するであろう.

これまで,人や組織における創造プロセスに関する3モデルを概観したが,いずれのモデルにおいても共通しているのは,知識やアイデアの内在化と外在化の繰り返しを通じて,知識やアイデアを修正,発展,精緻化,具体化することである.そして,気づきが生じるのは,この内在化と外在化の時点である.例えば第3章の音楽領域では,生成された出力(外在化) に対して,試聴や評価を行い(内在化),出力の改善法を考案しシステムパラメータを変更し次の試行を行う.絵画領域のSIC システムでは,スクリプトで記述された手順に従い写真から絵画が合成されると(外在化),ユーザはその絵画を鑑賞し(内在化),スクリプトに修正を加え,次の試行を行う.モーション領域では,シナリオやシーンを記述するためのストーリーボードを用いて,出力生成,評価,ストーリーボード修正の繰り返しを実現している.ここで,音楽システムのパラメータ,SIC のスクリプト,モーション生成システムのストーリーボードは,システム動作を制御するためのインタフェースの役目を果たしている.このように,デザイン支援ツールにおいて,ユーザの創造性を高めるには,自動外在化や内在化の機能,効率的なシステム操作インタフェースの提供が効果的に作用する

デザインと評価

非言語メディアのデザイン支援の目的は人間の作業を拡張することと,人間の作業を代替することであると述べた.したがって,これら目的の達成度や作業効率を調べる必要がある.さらに,気付きや使い心地がそれらにどの程度貢献しているかも調べる必要がある.しかし,システム毎に変動する要素が大きく一般的な議論を行うのは難しい.例えば,事例に基づくデザイン支援システムの場合,デザイン事例の記述フォーマット及びその内容は(たとえ同じ事例に対してでも) 研究者ごとに異なっている.得られるデザイン結果は用いる事例に大きく依存するので,用いる事例と得られるデザイン結果の差のみを抽出しそれを評価の対象とするのが理想的だが,これは一般には難しいだろう.

評価の枠組

我々は,デザイン支援システムの評価法は次の3 つの視点,4 つのタイプ,2 つの範囲の組合せで決まると考えている.

上で,デザイン支援システムは事例とデザイン結果の差を相対的に評価対象とするのが理想的と述べた.しかし現実には,デザイン結果の質から絶対的に評価することが必要な場合もある.これは,(V2) を重視した考え方である.また,(T3) において,評価者や被験者の選別に注意を払う必要がある.これは,どのようなスキルや背景を持った被験者を集めるかによって,結果が大きく変わってくるからである.

評価に関するプロジェクトの事例報告

音楽演奏に人間のような豊かな表情を付けることを演奏の表情付け(Performance Rendering) と呼ぶ.人間を感動させるような演奏は,機械的な演奏に対してelaborationを付加することで実現される.この意味において,演奏生成システムはデザイン支援システムと見なすことができる.我々は演奏生成システムの評価の一環として,2002 年より,生成された演奏をコンテスト方式で聞き比べるプロジェクトRencon (PerformanceRendering Contest) を開始させた[平賀02].

Rencon では,作曲者と対象曲,音源をそろえるなどのレギュレーションを設けてきた.表情付けシステムの場合,当該の楽曲にのみ有効に機能するシステム設計者の“練り込み” が入り込む余地がある.ただし,この“練り込み” が,表情付けにおけるブレークスルーとなる可能性もあるため,すべてを排除することが良いとは考えない.そこで,対象曲限定の規定部門と,手法・対象曲・音源のいずれにも制約を課さない自由部門を設けることにしている.今までに実施してきたRencon では,その演奏が「好きか-嫌いか」,「自然か-不自然か」の5 段階評価で,順位付けを行ってきた.この結果,興味深いことに,年齢・音楽経験・民族を超えた受容の一般性を見出すことできている

主観評価において信頼性を高めていくためには,恣意性を排除する努力が求められる.審美性にかかわる評価という点では,フィギュアスケート競技の評価法が参考になる.フィギュアスケートでは,技術点と芸術点それぞれ6 点満点からの減点方式で採点を行っていた.今年(2003 年)から,ジャンプ,スピン,曲の解釈など演技を構成する要素を細かく分類し,その難易度と質(実施度合い) を加味した加点方式の採点法が試行されている.ここで,主観評点につきまとう恣意性の問題を完全に排除するのは難しいが,得点内容の一般説明,それに基づく恣意性の低減という点では成功している事例と考えられる.Rencon においても,具体的な評定項目を設定し,各項目毎の,得点付け・順位付けを実施していくことで,恣意性の入り込む余地を軽減できると考えている.例えば,ポルタメント,フレーズ表現など要素毎の表現に特化したコンテストの実施を視野に入れている.

もう一つの考慮事項として,システムの生成演奏に対しての“人間の寄与” の度合いをどのように扱っていくかという問題がある.現在の技術レベルでは,楽譜入力から演奏生成までのすべての処理を自動化できるまでには至っていない.高次認知構造としての楽曲構造については,十分にモデル化が進んでないこともあり,人間が与えることが多い.このような事項を含め,人間の寄与の度合いがシステムの生成物の完成度に大きく影響することが確認されている.生成物の質が向上すればするほど,“人間の寄与” にかかわるレギュレーションの制定が重要になるであろう.学習型のシステムの性能評価については,様式の転写能力を評価ポイントとすることも有望である.現時点で,学習能力を持ったシステムの研究例は少ないが,表情付けシステムを開発していく上での基本的なコーディングツールキットを配付し,今後の分野の活性化につなげていきたい.

展望

ここでは,非言語メディアのデザイン支援に向けて,音楽,造形,絵画,モーションの各領域におけるデザイン支援に関する研究事例を紹介し,非言語メディアを計算機上で記述することの重要性と事例に基づくデザイン支援方法論の有用性について考察を行った.多くのデザイン領域において,記述レベルでの階層が存在し,抽象化の階層には,アナロジーが見て取れる.さらに,領域を越えた,記述の階層における「個性」や「様式」,情緒表現における「知覚表象表現・文化的表彰表現・嗜好関連表現」毎のelaboration クラスタの存在は,非言語メディアのデザイン支援方法論の共有化を予想させるものである.一方,具体性の高いデータからより抽象度高いデータ記述への変換過程(認識処理) については領域固有の面もあり,方法論の共有化はより難しいかも知れない.

デザイン支援における事例に基づく方法論の研究は,「真似る」すなわち「学ぶ」ことに関する科学でもある.我々は,この新しい研究分野が,実応用に深いつながりを持つと同時に,非常に基礎的な人工知能に関する研究テーマであると筆者らは感じている.

文献

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